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最高裁判所第二小法廷 昭和56年(オ)360号 判決

上告人

小泉康太郎

右訴訟代理人

榎本武光

被上告人

三友電気株式会社

右代表者

小椋力男

右訴訟代理人

猪股喜藏

飯沼允

楠忠義

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人榎本武光の上告理由について

自筆証書による遺言の作成過程における加除その他の変更についても、民法九六八条二項所定の方式を遵守すべきことは所論のとおりである。しかしながら、自筆証書中の証書の記載自体からみて明らかな誤記の訂正については、たとえ同項所定の方式の違背があつても遺言者の意思を確認するについて支障がないものであるから、右の方式違背は、遺言の効力に影響を及ぼすものではないと解するのが相当である(最高裁昭和四六年(オ)第六七八号同四七年三月一七日第二小法廷判決・民集二六巻二号二四九頁参照)。しかるところ、原審の適法に確定した事実関係によれば、本件においては、遺言者が書損じた文字を抹消したうえ、これと同一又は同じ趣旨の文字を改めて記載したものであることが、証書の記載自体からみて明らかであるから、かかる明らかな誤記の訂正について民法九六八条二項所定の方式の違背があるからといつて、本件自筆証書遺言が無効となるものではないといわなければならない。結論において同趣旨に帰着する原判決は、結局正当として肯認することができ、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(栗本一夫 木下忠良 鹽野宜慶 宮﨑梧一)

上告代理人榎本武光の上告理由

原判決の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

一、上告人が、本件の自筆遺言書である乙第一号証の二には、民法第九六八条第二項に定める自筆証書遺言の加除変更の方式がとられていないので無効であると主張したのに対し、原判決は、「本件自筆遺言書の「そ」、「ユ」及び「取消……」の三カ所には、特段に『加除変更の場所を指示し、これを変更した旨を附記して特にこれに署名した』形跡は見あたらない」としながら、「一部書損じの抹消を含む本件自筆証書による遺言は、一旦有効に成立した自筆証書の変更の場合と異なり、もともと民法の前記条項により無効とされるいわれはない」と判示した。

二、しかしながら、右原判決は法令の解釈、適用を誤つたものと思料する。

その理由は、

(一) 遺言の方式について、近代の遺言法が最も厳格な要式行為としているのは、遺言者の真意を確保することにあり、遺言者が生前常々このようにしてほしいと言つていたとか、臨終にあたり、かくかくを切望していたとかいうことは、真実遺言者の真意であるかもしれないが、あるいは、複雑な人間関係や利害関係のからみのなかで抑圧された結果の真意でないものであるかもしれないのであり、結局それが遺言者の真意であるか否か確定することはできないのである。ましてや、遺言をめぐる争いは、遺言者の死亡後であり、遺言者の真の真意を確かめることはできないのである。

したがつて、遺言者の真意を確保するために、法は遺言につき厳格な方式を定め、その方式に則つたものだけを、遺言者の真意が表示されたものとして有効なものとしたのである。

ところで、民法第一〇二二条は、「遺言者は、何時でも、遺言の方式に従つて、その遺言の全部又は一部を取り消すことができる」と定め、民法第九六八条第二項は、「自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を附記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければその効力がない。」と定めている。

これは、遺言の取消(撤回)の方式について、遺言の取消はそれ自体遺言ではないが、遺言自体を厳格な要式行為であると定めたところから、その取消にあたつても、遺言と全く同様の厳格な要式性を要求したものである。遺言の取消の方式は必ず遺言の方式によらなければならないのである。

しかるに、原判決は、単に「一部書損じの抹消を含む本件自筆証書による遺言は、一旦有効に成立した自筆証書の変更の場合と異なり、もともと民法の前記条項(民法第九六八条第二項)により無効とされるいわれはない」としているのであり、原判決は、遺言の取消の方式は必ず遺言の方式によらなければならないとする民法第一〇二二条、民法第九六八条第二項の解釈を誤つた違法がある。

(二) 次に、原判決は、「民法第九六八条第二項は、一旦有効に成立した自筆証書遺言を加除を加えることにより変更しようとする際の方式を定めたもので、右の方式に従わない変更は無効であり、加除前の遺言がそのまま有効であるとされている。」と判示する。

しかしながら、民法第九六八条第二項は、一旦有効に成立した遺言を加除を加えることにより変更しようとする際の方式だけを定めたものでなく、遺言作成過程における加除変更の場合をも含むものと解すべきであり、ことさら遺言作成過程における加除変更を除外すべき理由はないのである。また、遺言書の記載からみて、遺言成立後か作成過程における加除かはその識別は著しく困難であり、これを区別することはできないのである。

この点で、原判決が、「民法第九六八条第二項は、一旦有効に成立した自筆証書遺言を加除を加えることにより変更しようとする際の方式を定めた。」ものと判示する点は、同条項の解釈を誤つたものといわなければならない。

(三) さらに、原判決は「方式に従わない変更は無効であり、加除前の遺言がそのまま有効である。」と判示するが、方式に従わない変更がある場合、その無効は、原判決の判示するように当然に加除前の遺言がそのまま有効と解されるものではなく、加除変更の結果、原則として遺言書が遺言者の真意を表示しなくなつたものとして、あるいは、少くとも遺言者の真意を表示しなくなつた場合には、遺言全体が無効となると解すべきである。この点、原判決の遺言の方式違背の無効の範囲についての民法第九六八条第二項の解釈は誤つているのである。

(四) あるいは、原判決は、「本件自筆証書による遺言は、一部書損じの抹消であるから、加除変更について、遺言の厳格な方式を履まなくてよい。」と判示したものかもしれない。(そうであるとすれば判示の理由が不備と思料される。しかし、本件遺言書には一部書損じの抹消を含むとして書損じ以外のものが存することも認めている)

たしかに、本件遺言書における、「そ」、「ユ」については、一部書損じと解され、単なる字句の誤りの訂正として遺言の内容に実質的な影響がないとして右の点に関する方式違背は、遺言全体の無効となるものでないと解される余地があるかもしれない。(最判昭和四七年三月一七日民集二六巻二号二四九頁参照)

しかしながら、本件遺言書における「取消……」については、その除去部分が多数の線によつて抹消されており、特に後半部分は判読できない状態にあり、しかも右部分は本件遺言書にとつて遺言の取消という最も重要な部分にかかわるものであり、右部分の遺言取消の方式の違背は、本件遺言全体の効力に影響を及ぼすものと解すべきである。

この点、原判決は、本件遺言の加除変更のうち、「取消……」部分について、遺言全体に実質的な影響を有するものか否かに関する民法第九六八条第二項の解釈、適用を誤つたものであり、破毀を免れないものと思料する。

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